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読みかけの本

読みかけの本がいっぱいある。

・自己啓発の本2冊・・人つきあいの苦手な自分にヒントがほしくて

・仕事関連4冊(実務、生活保護、脳梗塞後遺症の方のリハビリの体験記)
   ・・仕事関連では、学びたいことが山ほどあります。

・決算申告の実務・・B/S、P/Lから、決算申告まで作れるようになりたい。

・御消息集・・親鸞聖人を身近に感じたい。

毎日少しずつ、本当に少しずつ読み進めています。でも5冊は図書館の本だから、

返却期限が迫ってきます。

時間がほしい。毎日そんなことばかり思う。

やるべきこと(仕事、家のこと、子供のこと)の残りの時間は少ないのに、

やりたいことはいっぱい。

本当は習い事も色々したいけれど、そこまでは時間は今はとても作れないな。

阿弥陀様、私は本当によくばりで、焼けば消える頭に色々詰め込みたくて

愚かだな・・と思います。

でも念仏称えつつ、この世の生業にいそしみたいと思います。 なむあみだぶつ (m)
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なむあみだぶつ

阿弥陀仏は

南無阿弥陀仏となって、わたしのところへ来てくださった。

だから、たもちやすく となえやすい なむあみだぶつ。 

いつでも どこでも 声に出しても出さなくても なむあみだぶつ。

頭がいっぱいの時も、考えられない時も なむあみだぶつ。  (m)

下品な漫画

体験島

8/12に更新された親鸞会公式サイトの漫画を見ましたでしょうか。
おそらく顕正新聞にも掲載されているはずです。

なんとも品が悪く読んでいて恥ずかしくなる漫画です。

これを読んで、会員の人は疑問を感じないのでしょうか。

親鸞聖人の教えは「今晩聞いて今晩救われる教え」じゃないのですか。

自称・獲信者ってなんですか。公認の獲信者というものがあるということでしょうか。

信心を認定するのは土蔵秘事の特徴ですよね。

元会員としては、あまり情けない記事は書いて欲しくありません。
退会したから用は無いと単純にはいかないのです。

私が親鸞会に在籍していたことを知っている誰かが、あの記事を見てしまったら恥ずかしいですから。

(P)

 

夕焼け

夕焼け時 明るいグレーとオレンジが混ざり合って美しい

後生の不安がないというのは、この夕焼けのようだな・・としみじみ

ありがたいことである

愚痴がいっぱいたまってくると 念仏称える気持ちまで失せてしまう

そんなわたしに届けられている南無阿弥陀仏

不満を思ってばかりの生き方じゃあ、阿弥陀様に申し訳ないな・・

夕焼け空のように、さわやかに生きたいな 

なむあみだぶつ また、がんばろう!   (m)


遠慮

世間一般ではお盆休み。

でも私は平日の休みは基本的にはない。

主人の会社自体は休みだけど、主人だけは出張の仕事で休みなし。

(仕事柄、一般の工場が休みの時に、試運転やらシステムの入れ替えになる。)

主人の故郷に住んでいる私は、親戚が来るからと言われて、土日のお盆帰りさえもできなかった。

うまく自己主張できなくて、抱え込んでしまう。

自分のはいた糸でぐるぐるまきになっているかいこ。

やるべきことに押しつぶされそうになる。

相手に嫌な思いをさせないで、うまく自分の考えも言えるようになりたいな・・。

せっかく頂いた人生。後悔しないように生きたい。

なむあみだぶつ なむあみだぶつ  (m)

疑いきれない

疑おうと思っても 「必ず往生させる」のお言葉が先にあって

私は極楽へ生まれることになっている。

煩悩の雲霧の中で、喜んだり悲しんだり怒ったり、ひがんでみたり、

めんどうになったり、まじめになったり、浮かんだり沈んだり、

本当にふらふらしていて、我ながらいい加減だなと感じる。

阿弥陀様にも、感謝してみたり、忘れていたり、何とも思わなかったり。

それでも、南無阿弥陀仏のお心は、すでに届いてしまっていて、

どこをどう疑ってみても、やっぱり助かるとしか言いようがない。

いい加減で、迷いが深くて、こんなにあてにならない私なのに・・。

雲霧に覆われているのに「助ける」のお呼び声だけはなぜかいつも確かで、

なぜなのか、本当に不思議です。不思議としか言えません。

不思議な南無阿弥陀仏。なむあみだぶつ なむあみだぶつ。  (m)

雨だれ

台風の影響か、雨がザーザーと降っていた。

庭の木に、ずっとずっと途切れることなく降り注ぐ雨。

そして葉っぱの先々から、ポタポタポタ・・と雨だれが絶え間なく落ちる。

南無阿弥陀仏のお慈悲が想われて、ありがたい。

惜しみなく、絶え間なく 十二分に、私に降り注がれて、

そのお慈悲が私からあふれ出て、もったいない。

功徳が大きくて、もうあふれているのに、おしみなく注がれる。

ただ受ける一方のお慈悲。なむあみだぶつ なむあみだぶつ

申し訳ない・・。 (m)

コメント

件のブログ浄土真宗親鸞会 奥越親鸞学徒の集い 
に下記の内容でコメントしておいたと、ある人からメールが届きました。

--------------------------
以前このブログにコメントさせて頂いた、"もと会員です”です。
たまに読ませてもらっています。
ちなみにブログにご自身の名前(ニックネーム)が掲載されていませんので、貴方と呼ばせていただいています。
ひとつ提案させていただきます。

貴方は先日、同じ人物からのコメントを全て上げて反論したと書かれていました。
つまり、コメントに対して反応する以上は相手の文章をすべて掲載する必要性があることをあなた自身が認識していると理解しました。

しかし、貴方がその必要なことをいつもしているかどうかは判りません。
貴方が”体験至上の者達”がこんなことを行ってきたと言っても、それは貴方の捏造かも知れません。
恣意的に改変、断章されているかも知れません。
すなわち、コメントに対する反論の大前提が成り立っていないのです。

一例を上げれば、貴方はKさんのコメントを全ては掲載していません。
Kさんは貴方に寄せたコメントを”飛雲”というブログに、全て掲載するようにしています。
そこを読んだところ、貴方がKさんの文章を全ては掲載していないということが確認できました。

もちろん、”飛雲”では貴方のブログのURLを紹介しています。

ですから”飛雲”というブログを読んでいる人は、双方の言っていることが判ります。
しかし、貴方のブログしか読んでいない人たちは、貴方というフィルターを通してしかKさんの
言っていることが分からない。貴方が、誰のどんな文章に対してそれは間違いだと言っているか分からない。
「精神分裂の方か」と言いながら、どのように分裂しているのか知りたくても相手の文章の全体像が分からない。
これでは、貴方のブログの読者に対して失礼では無いでしょうか。

読者にしてみれば、貴方の主張が正しく相手の主張が間違いだとはっきり知るためには、相手の文章を知る必要があると思います。そうでなければ、なるほど”貴方”が正しいと思えるはずが有りません。

自分の言っていることに自信があり、何かを強く訴えたいのであれば以下のことを検討してみて下さい。
上司の許可が必要ならば許可を取ってください。
自分のフィールドに篭っているだけでは、”邪義の者達”の誤りを明らかに示すことは出来ないと思います

話を噛み合わせたいと思われるのであれば、前向きな提案であることを理解して頂けると思っています。


案1.コメント欄をフリーパスにする。
如何にバラバラなことを言ってきているのか一目瞭然になりますよ。
案2.とりあえずKさんのコメントが掲載されているブログを紹介する。
『飛雲』http://hiun.cocolog-nifty.com/blog/
案3.『観無量寿経を読みましょう』http://namo.hongwan.net/kanmuryojukyo/ 
というブログが出来ています。
貴方が想定していたKさん(元講師部)が作ったそうです。
ちなみに上のKさんとは違うそうです。
講師部員の人にも読んで欲しいと書いてありました。
「Kさんよ、」と呼びかけていた熱意あふれる貴方ですから、読んでみて間違っていると思ったら、投稿してみては如何でしょうか。
コメントは直ぐ反映されるので、公正なやりとりが可能と思います。

なお、このコメントも全文を別の場所に掲載する予定にしています。

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このブログの管理者には、お互いに親鸞聖人の教えをお聖教に基づいて学んでいこうという気持ちを持ってもらいたいです。(P)

盆踊り

「組長は出るように。」と言われ、4日間連続で、夜、町内の盆踊りの練習に参加した。

去年までは仕事と家事とS会の活動で手一杯で、一度も出たことがなかった。

知っている踊りは炭坑節のみ。後は知らない曲(踊り)が20曲ばかり。

なかには、〇〇レゲエなどという、超かっこいい 今風の踊りもある。

先生が、曲に合わせて見本を見せながら「お袖をもってゆらゆらゆ~ら」などど

言ってわかりやすく教えてくれる。おかげで、6曲ぐらい踊れるようになった。

汗をかきかき曲に合わせて踊っていると、本当に楽しい。

盆祭り当日は、手分けして朝から330人分のおでんも作った。

本番では、おでんも完売し、地元の太鼓衆の音頭と曲に合わせて、町内の人や

親戚、友人などがたくさん集まって来て踊った。

S会時代、周りの人を「雑縁」と教えられ、「なるべく雑縁は避けよう」

「雑縁に流されないで、求道していかねば」と、誘いは断り、付き合いも最低限。

そんな生活を20年以上続けてきた。

「在家仏教」なのに、中途半端な「捨家棄欲」を目指していた。

本当にばかだった。まちがっていた。阿弥陀様の心を知らなかった。

「来年からは毎回踊りの練習に参加して、盆踊りをマスターしたい!」

と言ったら、周りの人もたくさん「がんばんな!」といってくれた。

楽しみが増えた。

こんな私のための本願。なむあみだぶつ。   (m)




観無量寿経

観無量寿経には韋提希夫人の獲信の体験談が書かれている。

観経でお釈迦様が定散二善を説かれたのはなぜか?

観経のまとめである流通分で、定散二善を説かれずに念仏ひとつ

を勧められたのはなぜか?

親鸞聖人は 観経を、善導大師の『観無量寿経疏』を元に解釈されたが、

それはどのような内容か?

自己流の勝手な解釈では浄土真宗とは言えない。

「観無量寿経を読みましょう」 というブログを法友から紹介して頂いたので、

これから少しずつ、学んでゆきたいと思う。  (m)

勤行の意義

『正信偈』『和讃』は「衆生の弥陀如来を一念にたのみまいらせて

後生助かり申せ」との理(ことわり)をあそばされたり。

よく聞き分けて信心をとりて「ありがたや、ありがたや」と

聖人の御前にて喜ぶことなり」とくれぐれ仰せ候。(御一代記聞書31)


”勤行は雑修だからやめよというのか?”と放言する人がありますが、

蓮如上人は、勤行について上記のように教えてくださいます。

勤行は聴聞ですよね。   なむあみだぶつ なむあみだぶつ  (m)

花火

地元の花火大会を、歩いて見に行った。

次々と夜空に大輪の花火。色や形も大きさも様々。

地元の子供たちにデザインを募集し、毎年新しい形の花火も上がる。

去年までは、きらめいては一瞬で消える花火が、空しくて仕方なかった。

今年は、キラキラ輝いては消える美しさを、しみじみと味わえた。

人間の知恵の結晶。その美しさ・・!と思いながら眺めていた時、

”浄土の荘厳”という言葉が浮かんだ。

阿弥陀様がお作りになられた極楽浄土。

阿弥陀様の知恵の結晶。慈悲の極まり。

どんなに美しい世界だろうか・・。

ありがたくて、思わずお念仏が出る。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。    (m)
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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