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兄弟

「念仏者は兄弟である。先に阿弥陀様に救われた人は兄、

後から救われた人は弟。」

「御同朋、御同行」と、親鸞聖人、蓮如上人は書いて下さる。

等しく南無阿弥陀仏を頂いて、同じなむあみだぶつを称える。

それでも、煩悩具足の姿は少しも変わらない。

まだまだ死なない、と横着して後回し。

いつも自分が正しいと思っている。

だから、衝突もする。

御恩も忘れがち。楽したくて念仏さえも惜しむ。

こんな者を救う本願だけれど、こんな者で申し訳ない。

阿弥陀様に傷がつかないように、失敗しても何度でも反省して

言動に気をつけていきたい。

親鸞聖人や蓮如上人のお言葉を心がけたい。

阿弥陀様に下げた頭は二度と上がりませんが、横着で怠惰な心はそのままです。

阿弥陀様、いつも申し訳ありません。

なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ。  (m)





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小学校高学年になる娘が、最近よく晩ご飯作りを手伝ってくれる。

友達とお菓子を作っていたりもする。

将来は料理人になりたいんだとか~。

今日も一緒に買出しに行き、娘が八宝菜、私が味噌汁とサラダを作った。

前はいちいち聞かれて大変だったけれど、今では一品おまかせできるようになってきた。

自分はスピードには自信があって、そこにある材料で短時間に

それなりの味と栄養と品数の料理を作れる。

訪問ヘルパー時代、生活援助で調理に入り、一日に五回作っていたこともある。

材料も好みも家によってばらばらで、買物からすべておまかせの家もあれば、

冷蔵庫内のものでおまかせ、食材もメニューも指定、切り方や味付けまで指定

の家など色々あった。おいてある調味料も家ごとに好みがでる。

娘は、本に書かれた通りの材料を揃え、書かれたとおりに正確に作る。

時間もお金もかかるけれど、おいしいものができる。

疲れて帰ってまた家で家事・・と思うと気がめいることもあるが、

娘と一緒に買物し、一緒に作っているととても楽しい。

〇〇ちゃん、ありがとう!これからも一緒に作ってね。 (m)

頂き物

色んな方から色んな物を頂く。

野菜、お菓子、服、CD(映画、アニメ、ご法話など)、化粧品、商品券etc.

食物はおやつや食材に。服は組み合わせを考えて着用。

CDは楽しみに・・。近所や友人におすそ分けすることもある。

頂いたものはもったいなくならないように、ありがたく使い切りたい。

そして、もらってばかりじゃ申し訳ないので、私も何らかの形でお返ししたい。

そう思ってあれこれ考えているのだが、なかなか実行できないうちに

また受け取る方が増えてきて、義理を欠いていて申し訳ないなと思う。

横着して「今は忙しいから、また今度」と、後回しにする根性を反省。

阿弥陀様からの南無阿弥陀仏は頂く一方。

お返しするものは何も無いけれど、阿弥陀様が「念仏を称えればいいよ。」

と言ってくださるのがありがたい。しかも数は問わない・・と。

念仏も阿弥陀様のものなんだけど、頂いて称えさせて頂く。

なむあみだぶつ なむあみだぶつ。     (m)

同じ

仏教を聴き始めるご縁はいろいろ

聞かせてくださる善知識も、その人毎にいろいろ

説かれ方もいろいろ

お同行の組織もあったりなかったり

でも みんな阿弥陀様のお働き

同じ南無阿弥陀仏を頂いて

同じく念仏させていただく。

阿弥陀様のお慈悲のお働き

なむあみだぶつ なむあみだぶつ   (m)

愛するということ。

何の見返りを求めることもなく

愛することができたなら・・

自分も人も幸せになれるのにね。

愚かだとわかっていても直らないです、あみださま。

なむあみだぶつ なむあみだぶつ。 (m)

無常

知人のご主人が歌謡塾の塾長で、発表会があるからと誘われ、

市民会館に行って驚いた。

頂いたチケットには2000円と書いてある。500人程のホールはいっぱい。

ご主人は、作詞作曲もたくさんされていて、生徒さん方も先生の曲を熱唱。

ご主人自身もすごい迫力で歌われ、拍手喝采。東京でレコーディングしているという。

ゲストで、三山ひろし、松前ひろ子(北島三郎のいとこ)のショーもあった。

普段、会って話したときは、ごく普通のやさしげなご主人。

ところが、キラキラの衣装を着て、ファンが大勢いる姿は別人のよう。

別世界を見せて頂いた。

演歌のマンツーマン指導だけで生活している方だから、やはりプロはだしというのか。

仕事柄、お客様の昔の写真や作品をみせてもらう機会がある。きりりと仕事の写真。

また、絵、彫刻、踊り、人形作り、お茶、着付けなど、プロ並みと感じることも多い。

それが、高齢になり色々な病気になり、身体が動かなくなってしまう。

思い通りになっている、今の隆盛が続かないのだ。

「火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあること

なきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」(歎異抄)

歌に感動しながらも、心の中を念仏がずっと流れていた。

無常なのだ。念仏のみが変わらぬまこと・・。 なむあみだぶつ (m)

胃カメラ

初めて胃カメラを飲んだ。(と言っても安定剤を注射してなので

記憶は全くない。注射されて医師に「頭がくらっとする」と言った直後に、

「〇〇さん静養室へ移動して下さい。」の声。その間0.5秒位の感じだが、

実際は15分経っていた。)

一月程前から、胃部につまった感じがあり、不快感が強くなってきていた。

胃カメラの予約日までの1週間は、自分の死について時々考えた。

(寿命なのかな)

(痛いのとか息ができないのは嫌だな)

(どうせ死ぬのだし、生きるのも疲れるし、阿弥陀様がいつも浄土に連れて行って

下さると言われているから、おまかせするしかないな)などなど。

結果は胃炎とのことで、薬を3週間分もらった。

まだまだ休ませてはもらえないな・・。

できることを考えて、また少しずつ頑張っていきたい。そして気分転換も

できるようにしよう、などと思いを新たにした。

限りある生命を大切にして、なむあみだぶつと共にがんばって生きよう。

なむあみだぶつなむあみだぶつ。(m)

人生

人生は短いけれど、

阿弥陀仏のお慈悲をよくよく味わいたいから、

ご恩を深く深く感じていたいから、

やっぱり長生きしたいな、と思う。

ふだんは忘れてばかりなんだけど・・・ね。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。   (m)

返事

「必ず助ける」の仰せに、「はい」と返事をさせられてしまったら、
本願にまるめこまれて、なぜかもう要望も不足も言えなくなってしまいました。

以前の安心問答(2010.2.5)を読んでいたら、なつかしいコメントがでてきました。

****
最後の学徒(仮) 2010/02/08 00:41
おまえを必ず助けるぞ、の弥陀の本願に何の要もなく助かって、迷いの終わりです。

そんだけでした、南無阿弥陀仏。

昔は四の五の言うてましたが、昔のことよ。
下がった頭は二度とあがらない。
南無阿弥陀仏。

私の側にする事がないから仕方ない。
ただ南無阿弥陀仏。
弥陀はただ今救うの仰せです。

そんなことないと頑張っているのはこちらのことで、弥陀は今救うと仰せでした。
いや、どんな今ですか、というのもこちらのことで、弥陀は今救うと仰せでした。
この心のありように問題があるのですが、といえば、弥陀はそのまま救うと仰せでした。
何が妨げですかといえば、そのまま必ず救うの本願。
救われない理由がありますかと聞けば、五劫の思惟、兆戴永劫の修行ですべて
解決したからお前の考える事ではない、任せとけのお慈悲。

下がらない頭が、南無阿弥陀仏に下げさせられるのです。
阿弥陀仏の大慈悲の前では、もうどうしようもない。
必ず助けると言われるのですから、そうなるより他にない。

弥陀をたのむとは向きをかえるなり。
機の方に向かわずして、必ず助けてやろうとある大悲に向かう一念が、
「後生たすけたまへと弥陀をたのむ」こころなり

有難いことです。南無阿弥陀仏。

よくよくお慈悲を聞いてみりゃ助くる弥陀が手を下げて任せてくれよの
仰せとはほんに今まで知らなんだ。
***
あのときわからなかったこのコメントが、まことにそのとおりとありがたいです。
不思議ですね。仮名さん。   南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。(m)

ありがたい

部外者ながら、縁あって、あるメーリングリストに参加させて頂いている。

正直に思いを書かれる方が多くて、信心の話に花が咲いて楽しい。

私も遠慮無く、ガンガン書かせてもらっている。

空気を読んでないとの自覚があるのだが、温かな、ときに忌憚のない

つっこみが入る。

温かな空気が流れている。

所属は違っても、「同一念仏無別道故」。

なむあみだぶつの喜びは同じ。

ありがたい。  なむあみだぶつ なむあみだぶつ。 (m)

解法

質問の内容によっては、同じ質問を複数の人に尋ねることがあります。

結論は同じだとしても、色んな方向からの説明の仕方があると思うし、人それぞれ

考え方や着眼点が異なるので、色んな視点からの解法が聞きたいからです。

自分自身よくよく納得したいし、誰かに同じことを聞かれたときにも、色んな方向から

答えてあげられたらいいな、と思うのです。

でも時に、「他の人にきけばいいでしょ!比較するつもりなの?」と、気分を害される

ことがあります。

もし気を悪くされる方があったら、ごめんなさい。

比較するつもりは全然ないのです・・。

自分があまり何も思わない方なので、他人の気持ちに疎いところがあります。

「何だか気を悪くされたみたい。」と感じても、原因がよくわからないのです。

なので、気分を害されたときは、はっきり言ってもらえるとありがたいです。

そうすれば、気をつけることができます。

知らないうちに他人を傷つけていたなんてことのないように気をつけたいです。

失礼な言動があったら、お許しくださいね。

そして、「よくないよ」と言葉に出して教えて下さいね。

よろしくお願いします。  南無阿弥陀仏。   (m)

風と緑と

木の葉っぱが、風に吹かれて揺れる

さわさわ さわさわ、ざわざわ ・・・

やわらかくしなやかな動き、うねり。 

じっとみていると 木々の緑がやわらかにうごめいて、自分の心の表面の細かな溝を 

やさしく やさしく なぜてくれる。

心の表面を やさしく やさしく なぜてくれる。

どうしようもなく苦しかった時、寂しさでいっぱいの時、悲しみに沈んだ時、

今まで、どれだけなぐさめられたかわからない。

いつもありがとう・・と心の中でつぶやく。

揺れる草木に手を触れてみると、何だか元気をもらえる。

吹く風にひたすら身を任せていると、とてもここちよい。

風にゆれる草木をみるたびに感じる・・

いつもやさしく励ましてくれる。心をなぜてくれる。

ありがとう。 これからも よろしくお願いします。   (m)

旧里

敗血症と腎盂炎で入院されていた方が退院可能となり、また在宅に戻るため、

病院で引継ぎの担当者会議をすることになった。

もともと鼻管栄養で膀胱ろう(膀胱から直接排尿)だったが、鼻管栄養も

無理になり、鼠径部からの静脈点滴での在宅復帰と決まった。

以前も、点滴のみで生きる人を担当したことがあるが、その方は、点滴だけで

1年生きられた。発熱を繰り返し、往診と、訪問看護の緊急訪問も多かった。

満身創痍・・病気のオンパレードで、病名は本当にたくさんある。

主治医が今退院を決めたのは、多分 今を逃すと退院できるチャンスはない

との判断もあるのだろう。自宅へ帰してあげたい・・と。

自分が往診して最後まで看とろう、との思いもあるのだろうと思った。

先のことはわからない。今を生きる。今は生きているという事実。

苦しくても、懐かしくいとおしい命、長年過ごしてきた家、懐かしい人達。

正しい選択があるのかさえ、よくわからないけれど、新たな状況に不安げな

奥さんと共に、皆で協力してがんばろう、がんばりたい。

「早く家に帰ってきてね!」と言ったら、にっこり笑っていた。

限りある人生だから、いとおしい。

『久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生れざる

安養浄土はこひしからず候ふ』(歎異抄)

愚かな私に注がれる慈悲がありがたい。 なむあみだぶつ  (m)
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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