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新緑

薄緑の若葉の美しい季節が、また巡ってきました。

木々の新緑が 風に吹かれて、やわらかくゆらいでいるのを眺めていると

心をやさしくなでられているような感じがして、何とも言えない幸せ。

親鸞会在籍時、一人寂しくチラシ配りをしていたとき。

とても信頼していた講師が異動になり、傷心していた時。

親鸞会関係以外は 周り中すべてが雑縁だと思い込んおり、

「雑縁に引きずられないように!」といつも張り詰めていた心。

吹く風にゆれる木々の緑に心なぐさめられ、はげまされてきました。

(ガンバッテ・・。ゲンキダシテネ・・。)と、ささやかれているような感じ。

悲しい時も 嬉しい時も 何ともないときも、変わらぬやさしさ。

親鸞会を離れることができ、今は、往生浄土への1本道。

阿弥陀様の呼び声に導かれ、変わらぬ励ましにもいやされながら、

「精一杯生きさせてもらいたい」と、あらためて思う。   南無阿弥陀仏   (m)
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正定聚

弥勒菩薩は仏になるのに56億7千万年ご修行されるのに、

修行など何もできない私が、南無阿弥陀仏のお力ひとつで

死ぬと同時に仏にさせて頂ける。

それだけの大功徳を成就されるために、どれ程の阿弥陀様のご苦労があったことか。

それなのに、正定聚のすばらしさをありがたいとも思わず、

阿弥陀様のご苦労を何とも思わないで平気でいる煩悩具足の凡夫。

愚かさのかたまり。

それでもかまわないとの阿弥陀様のお慈悲に、

ただ南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏しかない。

南無阿弥陀仏はお慈悲の極まり。

尊い南無阿弥陀仏。   (m)

子供

独身の頃、赤ちゃんはかわいいと思ったけれど、それ以外の子供は

ギャーギャーうるさいイメージでかわいいと思えなかった。

ところが、自分に子どもが生まれ大きくなってくると、いくつになってもかわいい。

それと同時に、今までかわいく思えなかった同年代の子供までかわいくみえてくる。

自分よりずっと大きくなっても、なぜだかかわいく感じ、心配でお世話したくなる。

朝、家を出る時間が遅いと、学校に遅刻しないかと心配。だけど慌てて事故にでも

なったらともっと心配で、「慌てずに行きなよ。」となる。

いっぱい食べて大きくな~れ!と思う。

にょきにょきした男の子が部屋にたくさんいてゴロゴロしてても、何だかほほえましい。

新学期になれば、新しい環境に子供がうまくなじめたかな・・と親もドキドキ。

心境の変化が、不思議なものだなと感じる。

阿弥陀様は一人ひとりを1子(独り子)の如くかわいく思ってくださるという。

どんなに思い通りにならなくても、取り柄がなくても、何の得にならなくても、

ただ「かわいい」の思いひとつで、見捨てることなく救ってくださる。

想像もつかない深い共感と痛みと愛情があっての南無阿弥陀仏なのだと思う。

子どもを持って、少しだけ感じさせて頂く。

もらうばっかりの南無阿弥陀仏。     (m)


花粉

10年ほど前、突然花粉症になった。

両鼻詰まると息ができない。

ご飯を食べるにも、ごっくんと飲み込むと耳がぽんとふさがったようになる。

目に見えない花粉なのに、こんなに実害があるなんて・・。

何十年も前、建築資材に使おうと、県で大量に杉を植えたという。

ところが、外国から安い資材が入るようになり、日本の杉は手入れも伐採も

高額になるため据え置かれ、大きく育った杉から大量のスギ花粉が飛散するようになった。

「花粉症は公害というより人災だ」と言った人があるが、最もな意見だと思う。

その時は先を考えて良かれと思ってしていても、予想外の展開になったりする。

凡夫の浅知恵は先がわからない。先を見通す智慧があったなら・・。

私も、智慧がなくて未来を考えては迷うばかりで、愚かな凡夫であるとしみじみ感じる。

凡夫はどこどこまでも凡夫であり、だからこその阿弥陀様のお慈悲。

愚かな我が身を実感しては南無阿弥陀仏。お慈悲がありがたい。  (m)  

選択

「今さらこの年令になって道を変えることなどできない。そんな時間はない。

高森先生を信じてついて行く。」と言われた方があった。

自分でコツコツと積み上げていくものならば時間がかかる。

また、自分でやってみて選ぶならば時間がかかる。

でも阿弥陀様の救いは、今(平生)の一念であるから、時間はかからない。

また、阿弥陀様の18願の救いは阿弥陀様が選び取られた救いなのだから、

自分がやってみて選ぶのではない。

選択の主体は阿弥陀様なのだ。しかも既に選択済み。

自分で救いを完成しようとしているから、「この年令では・・時間がない。」となる。

『如来の大悲、短命の根機を本としたまへり』(口伝鈔)の通り。

ご高齢でも、充分間に合います。   南無阿弥陀仏  (m)


谷G講師のこと

東北3県を担当されていた谷G講師が行方不明だと人づてに聞いた。

ほがらかで温和な感じの方だった。

長く専任講師をされている人の安否さえ、会員には伝わらない。

そういえば、7年ほど前だったか「講師の異動先の発表も無くなったから、

だれが今どこの担当なのかよく分からないんだよ。」と、担当講師から聞いた。

今回のことを講師部の方々はご存知なのだろうか。

ご存知ならば、講師部では「観音菩薩の臨終説法があったに違いない。」と

聞かされているのだろうか・・。

臨終来迎なら、19願の化土往生だけれど、浄土真宗の看板を出しながら

平生業成ではなく臨終の救いを説くのだろうか。

浄土真宗の寺に生まれ、浄土真宗の大学に進学し、阿弥陀仏の救いを求めながら、

他力廻向の法を聞けないで一生を終わってしまうほどの悲劇はない。

「これは本物だよ。」といって偽物をつかまされて、本物だと思い込んでしまったら

こんな悲惨な人生はないと思う。

谷G講師の、人のよいやさしい笑顔が脳裏に浮かびます。 南無阿弥陀仏  (m)

寄り添って・・

車のラジオを付けたら、歌が流れてきた。

~いつもそばにいるよ~君のそばにいるよ~

(いいな~。そんな人がいてくれたら心強いだろうな・・。

主人はやさしいけれど 急な出張が多い。いつどこへいくかわからないから、

あまりあてにできないし・・。)

などど考えていたら、南無阿弥陀仏を忘れていた・・と気付き、あらららら。

こんな私で申し訳ないです。南無阿弥陀仏。

「摂取不捨」  ついて離れられない阿弥陀様でした。   (m)

夢幻

会社を辞める人があり、その件で上司と本人のみならず、周りも巻き込んで

人間関係がかれこれ2ヶ月以上ゴタゴタしている。

きつい言葉が周りを飛び交ったりする。

怒ったり、悲しんだり、愚痴を言い合ったり・・。

時にやりとりに参加もするが、冷めた目でみている自分がいる。

感情は続かないのだ。

カーッとなった気持ちも、ショックを受けた心も、どんなに強く動いた感情も、

縁に触れて変わり、時間の経過と共に消えていく。

「この人はこんな人」とその時思ったとしても、相手の人の心も言葉も縁によって

変わっていくのだから、「こんな人」なんて断言はできないと思う。

人生は夢幻。

ご利用者様のことだけに集中しておれたら、それが一番だと思う。  (m) 
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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