スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

美しき仏

『このこころの露ちりほども疑なければ、かならずかならず極楽へまゐりて

うつくしきほとけとは成るべきなり』(御文章5帖目7通)


煩悩具足の浅ましい自分は、清浄な仏とは真逆の者。

ところが、功徳の大宝海に帰入すれば 万川が一味となるように、

煩悩具足のまま南無阿弥陀仏の大功徳にとけ込んで一体となって

この世の寿命が尽きると同時に極楽浄土に生まれ、煩悩が消滅して

美しき仏に成れるといわれる。

縁に触れては 清らかになどなりようのない愚かな我が身を感じ

それを清浄な仏にさせて下さる南無阿弥陀仏の大功徳がどれほど

素晴らしいことかと、わずかばかり知らせて頂く。

『それ、南無阿弥陀仏と申す文字は、その数わづかに六字なれば

さのみ功能のあるべきともおぼえざるに、この六字の名号のうちには

無上甚深の功徳利益の広大なること、さらにそのきはまりなきものなり。』
                
                 (御文章5帖目13通)

蓮如上人のお言葉に、何だか叱られているようで、愚かな自分であると

申し訳なく・・。(南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏)

価値も分からぬものに惜しげもなく与えられる宝。南無阿弥陀仏。(m)



スポンサーサイト

地震

夜、また福島で震度5の地震があったとのニュース。

こちらでは何も揺れは感じなかったが、福島では繰り返される大きな余震に

やはり現地の人の不安は大きいだろうな、大変だなと考えていたら

ふと、新潟に出張している主人の事も気になり、連絡してみた。

新潟もけっこう大きく揺れたという。

その後、お風呂のお湯がいっぱいになったかと見に行ったらやけにぬるい。

途中からお湯が出なくなっていたらしくエラー表示。

何回やってもダメなので、お風呂の湯沸しが壊れたと思い、

台所のガスで湯を沸かし浴槽に入れようと考えた。

ところが台所のガスもつかない。

着火電池が切れたのかと思い交換。それでもガスがつかない。

よく分からないので主人に電話すると「地震でガスが止まっているのでは」との返事。

いわれるまま、外のガスメーターを見ると、自動停止の点滅となっていた。

手動で無事復旧し、お風呂の続きを入れた。

自分たち家族は気づかないほどの揺れでも、ガスメーターは感知し停止していたのだ。

安全を護ってくれるシステムに感謝すると共に、ガスの恩恵を受けて生きている

毎日なのだとしみじみ感じた。

最近色々合って、不満に思うことが多かったけれど、当たり前と思っていることが

実はいかにありがたい事であるかを知らせて頂くご縁となった。

愚痴の我が身を少しばかり反省・・。 南無阿弥陀仏 (m)

四十肩(五十肩?)

昨年夏ごろから右肩に痛みが出て、整形外科に通っていた。

転職後、あまりに忙しくて通院できず、3ヶ月おいておいたら痛みが強くなってきて

やむなく受診。関節が傷んでいるとのことで、肩関節内注射をした。

医者の勧めで本日MRI検査。狭くてうるさい空間で約20分。

肩の痛みひとつでも不便で、背中が痒くても手が後ろに回せずかけない。

重い荷物を肩にかけれない。腕をあげると痛い。

いつもじんわり痛みがあって、何となくせいせいしない。

こういう時、老人相手の仕事をしている自分は足が痛い、腰が痛い、膝が痛い、

口が痛い、肩が痛い・・など、たくさんの痛みの訴えを聞くことが多いのだが、

簡単に、「大変ですね」などど言っている我が身を反省させられる。

 自分がこうして肩に痛みが出ると、痛くて使いにくいというのは本当に不便なもの

だな・・と感じるし、いつかちゃんと治るのだろうか・・と心配になったり、注射ひとつに

もドキドキで、皆さん大変な中耐えておられるんだな~としみじみ感じてありがたい。

阿弥陀様は、衆生の苦しみを我が苦しみとして下さった。

自分は自分が苦しまないと、相手の苦しみを親身に受け止めることさえできていない。

そんな我が身を反省し、心を込めて言葉を言えるようにしたいと改めて思う。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏(MRIの中でお念仏)  (m)


 

勤行

勤行は、実家の宗派でもあるお東(大谷派)の節が気に入っているので

『同朋讃』をパソコンに取り込んで、毎回かけて声をあわせて勤行している。

とはいえ、六首和讃のところの念仏が省略されているので、そこからは

築地本願寺で購入した勤行のCDをかけて、一緒に合わせている。

CDの節は本願寺派の草譜のもので、ゆっくり丁寧で、念仏も味わい

ながら詠えるのがなんとも言えずよい。

本は本願寺派のものを使用しているが、やはり大谷派のものを用意しようかな~。

勤行の節回しも色々合って、気分によって変えるのも楽しみのひとつだ。

偈の形にして下さったので、読みやすくて親しみやすくていいな・・。 (m)

『坂の上の雲』に想う

NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が完結しました。原作者の司馬遼太郎氏のファンだったので、氏の小説は高校時代に随分読み漁りました。
今回のドラマは明治と言う時代の空気感が感じられて、面白かったと思います。
その時代の人達が、独特の緊張感を持って生きていたことが伝わってきました。

この小説の舞台は日露戦争ですが、中でもロシア艦隊との対決の時
「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」
と発せられた言葉は有名です。

ところで、親鸞会の会長である高森氏はかって、アニメの頒布活動(だったと思います)を活発化させるため、この言葉を改造して標語を作りました。
「真宗の興廃この聖戦にあり、親愛なる親鸞学徒よ いざ出陣の秋は来たれリ」*
とかいう標語です。書くのも気持ちが悪い標語です。

その後この標語を覚えているか試験もありました。私はこの「聖戦」という部分を元の「一戦」と書いた為、不正解となりました。それにしても「聖戦」は無いでしょうと思いました。
そもそも阿弥陀仏の他力の救いを知ったならば、真宗が興廃するとかそれが自分たちの双肩にかかっているという思い上がった発想は出てきません。
かつての自分たちは基本的な理解が狂っていたということがよく分かります。

この改造した標語に、会長という人物、つまりは親鸞会の体質と言うか正体が現れていると思います。

一つは、他人の文章を盗用して平気でいると言うことです。しかも部分的に変えてしまうので、せっかくの名文が台無しになってしまい、元の作者に失礼です。いままで散々指摘されている「パクリ損い」の亜種といったところです。

二つ目は、自らの持つ軍隊や戦争に対する憧れを教団に持ち込んでいることです。親鸞会の組織や会の内部で使われる言葉に軍隊用語が多いことからも判るように、教団を自分の憧れを実現する場にしている面があります。例えば、新聞広告のことを空爆と呼ばせています。空爆は無差別の破壊や殺戮を表す言葉です。およそ仏教精神と反した言葉であり、不適切ですが、好んでそういう言葉を使います。かつての青年部組織は上隊、中隊、分隊という構成でした。大将か元帥、果ては国王でもになった気分を味わいたいのでしょうか。

三つ目は、自分たちだけが正しい、その正義を実現する為には手段を選ばないという考え方です。それが「聖戦」と言う言葉に現れています。この言葉の危険性はご存知の通りです。オウムや、アルカイダと本質的に変わりません。児玉源太郎氏に代表される明治の先輩方は「聖戦」などと考えていなかったはずです。彼らはこの資源の乏しい国がどうすれば生き延びることができるか緻密に考え、冷静に実行したに過ぎません。「敵国であるロシアの実力を認め、細かい勝利を積み重ねて、何とか講和に持ち込もうとした。それが実態である」とドラマの中でも言っていました。それに対して、親鸞会の状況はむしろ第2次大戦中の日本に似ています。「鬼畜米英」と言って敵国の姿を捏造し、酷い戦況にも関わらず情報統制をして、勝っているかのように見せかける。これは北朝鮮を考えれば判りやすいかもしれません。いつの間にか自らの「王国」の存続だけが目的になっています。

K講師が明治の元勲の末裔ということは会の中では有名ですが、せめてそのことを思い起こして自分達の現状に疑問を持って貰いたいですね。いろいろな場面で顔を使い分けてその場で都合の良いことを言っているうちに、どれが本当か分からなくなってしまいますよ。
(P)

*親鸞会の作った標語が間違っていましたので訂正致しました。
(2012/01/03 17:02)
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

カレンダー
12 | 2012/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
FC2カウンター
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。