スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なんとなく念仏

昨日今日と通信教育のテストがあり、行きたかったご法縁は2箇所とも行けず、

主人は今日からまた出張で出かけ(最近毎週・・)、

私は、勉強とテストと家事と子供の送迎で時間が過ぎ、明日からまた仕事と

思うと(明日は新規の打ち合わせが2件立て続けにあることも相まって)

何となく気分は沈みがち。

生きていくために、やらないといけないことがいっぱいで、休むことも投げ出す

こともできない。

いや、本当はほどほどでよくて、自分で自分を追い込んでしまっているのかも。

ひたすら働いていた祖母に育てられたせいか、遊べない性分なのだ。

遊び方もよくわからない。

つまらないと思いつつ「南無阿弥陀仏」。

何にも変わらないけれど、知恵もなく毎日毎日アップアップで生きている

私のための南無阿弥陀仏だと感じる。

苦海と共にある南無阿弥陀仏。  (m)
スポンサーサイト

当たり前

いつも空気の中にいるように

南無阿弥陀仏が満ち満ちていて

「必ず浄土に生まれさせる」と呼んで下さっている。

いつも空気を吸っているように

当たり前に南無阿弥陀仏に埋め尽くされている。

考えられないことが、何で当たり前と感じるのかわからないけれど、

当たり前に存在する南無阿弥陀仏。

そして底知れない安心感が常にある。不思議な南無阿弥陀仏  (m)
  

煩悩具足

人を励ましたいという心が起きる時、同時に、

その中に傲慢な心が根付いていて、その醜さに我れながら嫌気が差す。

他人のことを理解できるはずもないのに、分かったようにうぬぼれ、

冷静な意見が言えるかのようにうぬぼれ、

少しは役に立ったかと思うと、自分も捨てたもんじゃないなとうぬぼれ、

どこどこまでもうぬぼれで染め上げられていて、

浅ましい、浅ましいと自分の心を持て余す。

そんなとき、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と念仏を称える。

浅ましいものはどうしようもない。直しようもない。

蓮華の花は、どろどろの泥田の中に咲いて下さった。

底なしのお慈悲に頭が下がる。南無阿弥陀仏。  (m)


突っ張って・・

親鸞会に入会した時、自宅から片道2時間以上かけての通学だった。

3月の入学手続きの日に声をかけられ、初めて高森会長の話を聞いたのが

4月19日。先輩に勧められるまま、電車で一人高山に向かった。

哲学のサークルに入ったはずが、実は宗教団体で、それでも「死の解決」という

言葉に、「これこそ人生の最優先課題」と感じ、5月には親鸞会に入会していた。

高校出たてで純粋で、「親鸞会の教えこそ真実だ」と、のめり込んでいった。

それからは、部会、聴聞、活動とどんどん激しくなり、土日毎に出かけるようになった。

お金を稼ぐのにバイトも必須。

自宅生なので、当然親とはぶつかる。「なんで同じ人の話を何回も聞きにいくのだ!」

「そんな遠くまでいく必要はない」「女の子が夜中に出歩くなんて非常識だ。

夜中に出歩くのは水商売の人だ」「近所からの笑いものだ」

その上、キリスト教の両親とは毎晩のように宗教論争。

寺の坊さんが、門徒回りしながら親鸞会の悪口をあちこちで語り、親からも

近所からもあれこれ言われる。

親戚からも「しんらんさん」と呼ばれ、自分もムキになり、法事や寺に出かけては

坊さん相手に破邪顕正(のつもりだった。)

地元の友人を親鸞会の部会や法話に誘い、だまして合宿に連れていき、それが

相手と自分の宿善になると信じ込んでいた。

聴聞、バイト、学内勧誘、他大学勧誘街、駅での街頭勧誘、本の訪問販売、

聞法戦だ!とどろき顕正戦だ!会員顕正だ!募財活動だ!と、次々目標が下ってくる。

毎回目標と歯止めの誓約書を書かされ、これは信心決定への赤い石であり、

達成できなければ信心決定はないと教えられ、いつも気持ちはあせりと追い込まれた

気持ちだった。それでも真実の道はこれしかないと思い込んでいた。

周り中が敵となって責められても、寂しくても一人ぼっちでも、信心決定できれば

それでもいい、仕方ないと思っていた。

突っ張って、突っ張って、そうしなければ私は続けられなかったし、退いたら

私の人生は無意味になり、生きながら死んでいるのと同じだと思っていた。

間違った教えは人生を狂わせる。

むちゃをして、突っ張って、自分もいっぱい傷ついてボロボロだったけれど、

親には特に 随分心配させたと反省しきり。

それでも、親鸞会教義のおかしさを知らされ、阿弥陀仏の本願を知らされた私は

大変な幸せものであり、よくぞ親鸞会を抜けられたと思う。

阿弥陀仏の大願業力と、先に脱会された方々の情熱と御苦労のおかげだと感謝感謝。

間違った教えを聞かされたまま亡くなられた たくさんの真面目な法友を思い出すと、

胸がキュンと痛んで、このままでよいわけはないと改めて思う。

根性も先を見通す知恵もないけれど、傷つくこともいっぱいあるけれど、

犠牲者を見てきた現実から、逃げないで、忘れないでいたい・・。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。  (m)

プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

カレンダー
05 | 2012/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
FC2カウンター
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。