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なぜ生きる2

『なぜ生きる2』を読んでみました。

『本願寺なぜ答えぬ』『なぜ生きる』に続く”なぜ”シリーズ第3段といったところでしょうか。以下感想です。

言い訳で始まって、ごまかしに終始し、シュプレヒコールのように同じ事を連呼して、支離滅裂・意味不明で終了する本です。

言い訳:
「大悲の願船」に乗る「方法」があり、それを遅ればせながら書いたことを詫びています。こうしなければ救われないという「道」があるということであれば、その「道」を長く書かなかったことは詫びて済むことなのでしょうか。会員の人は疑問を抱いて欲しいですね。

ごまかし:
肝心な部分は根拠が出せないために、喩え話ごまかしてます。相変わらずです。

連呼:
大意と根拠が食い違っていながら、平気で何度も同じことを書いてます。例を挙げても良いですが、他のブログで取り上げられるはずなので止めておきます。おれおれ詐欺みたいなもので、ハッタリでも押し切れば良いと思っているようです。

支離滅裂・意味不明:
16章で聴聞が出てきます。聴聞と言いながら、三願転入の内容しか無く関係も書いて無い。章の始まりと終わりで話が変わってしまっていて意味不明。
17章では唐突に信疑決判が出てきます。でも、三願転入との関係を書いていない。違っているという以前に書籍としての体を成していないという印象を持ちました。本を書く以上は最低限の礼儀として読者が理解できるように書いてほしいものです。

最後に:
15章の副表題に「行く手には弥陀の願船が待っている」とあります。
こういうことを堂々と書いてしまう、またこれを読んでも違和感を覚えないとろに、この本の著者や会員の浄土真宗に対する理解の程度、更には信心が現れています。願船に乗るまでは自分の力で泳いで行く必要があるというのですから、王本願では足りないということです。本願(第十八願)を根本から否定しているのです。そういえば、「ウェルカム」という店が有りました。彼らの本願に対する考えを象徴しているような命名です。

(12/27 誤字修正しました) 
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Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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