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勅命


「帰命」と申すは、如来の勅命にしたがいたてまつるなり。(尊号真像銘文)

「必ず往生させる。我にまかせよ」との仰せは、まさに勅命でした。

(まかせよって言われるけれど、どうやってまかせるの?)

(任せるって姿も形もないのに、木にもたれるようにはいかないし・・)

(確認もできないものにどうやってまかせろというの?)

(大丈夫という確信がなければ、まかせることはできない。)

(まかせるってどういうこと???)

そんなあれやこれやを思い、口に出して言っておりましたが、

有無を言わせぬお勅命に、計らいはすべてとられてしまって、

任させられてしまったのです。

本当に不思議なことです。

親鸞聖人の、勅命との表現がありがたいです。 南無阿弥陀仏。   (m)
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「助けるぞよ」どころか「連れてゆくぞ」でしたね。
「そなたの往生という仕事は、すべてこの親が引き受けたのである。そなたには指一本手出しはさせぬ。そなたにはただ、念仏という仕事のみを申しつけるぞ」のお勅命でした。
往生一定とは、僕のこころが「往生一定」となったのではなく、僕の手を全く離れたことでした。
往生間違いないからいま疑いがないのではなく、ただ今仰せを聞いて疑いが無いから、往生一定なのでありました。
こちらがたのんだ、信じたから助けていただけるのではなく、唯信仏語と仰せをいただいてみれば、こちらの「たのんで行こう、信じて行こう」は凡夫の余計な計らいでした。
たのむ力も信じる心もない故に、全分他力と仕上げて下された南無阿弥陀仏のお呼び声でした。

有り難いことです。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…

No title

Rudel 様
コメントありがとうございます。

>僕の手を全く離れたことでした。

私の思いも言動も、救いとは関係なかった。南無阿弥陀仏ひとつでした。全文他力ですね。
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ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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