親鸞聖人と同じ道?

親鸞会にいた頃 よく、「我々は聴聞の場で、親鸞聖人が比叡山で通られた心の道と

同じ道を通るのだ。」と聞かされた。

当時は(なるほど。この道は欲や怒りや愚痴などの、煩悩と戦っていく道なんだ。)

などど 大まじめに思っていたが、今振り返るとうぬぼれも甚だしかった。

聖道門がどんな心でどんな行をすることか全然分かっていなかったのだ。

仕事の合間に、あるいはたまに仕事を休んで、聴聞に参詣する。

何とかよそ事を考えないようにして、高森氏の話に集中して聞く。

交通費や御法礼を惜しむ心と戦い、人付き合いや世間の楽しみを断わり、

話を聴きに出かけ、足が痛い、眠たいという心に打ち勝って真剣に聞く。

これが親鸞聖人と同じ道を進んでいる姿だ、と思っていたのです。

しかし、聖道門は、出家して求める道。仕事しながら、家庭を持ちながら、は論外。

聴聞の時だけ、かっこうつけて真面目なふりしてる、その場限りとは違うのです。

他者のためには自分の命をも投げ出す覚悟でする、菩薩行なのです。

全然レベルが違うのです。

知らなかったとはいえ、本当に恥ずかしいことでした。

3時間の正座もままならない私には、同じ道など通れるはずもないのです。

聖道門の人の足元にも及ばない私。

親鸞聖の比叡山と同じ心の道など、通れるはずもありません。

どんなものでも救うという阿弥陀仏の本願だから、救われたのです。

南無阿弥陀仏。    (m)




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会員歴は長い方と思います。
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