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顕真1月号

善を励むほど..

顕真 2011年1月号の中に、以下の記事が枠で囲ってありました。
------------------
十九願建立の弥陀の目的

善を励むほど、悪性が見えて来る。
励む善そのものは
「雑毒の善」でもなければ
「虚仮の行」でもないのだが、
励む我々の心が邪見であり、
虚仮であり、不実だから、
「真実の行」とならないのである。
励んでそれを分からせ、
他力の名号に向かわせようと、
弥陀が仕組まれたのが
十九願建立の願意である。
--------------------

これを読んでどう思われるでしょうか。
親鸞会の会員の皆さんは、なる程と納得しているのでしょうか。

会員時代、私はどうしても腑に落ちなかった。会に不信感を持っていない当時でも疑問でした。

その1.
仏教に限らず、ボランティアをしている人や、世間一般の人でも其のことは体験している。

その2.
悪性が見えると言っているが、善をすればするほど深く知らされるということはなく、その時々によって見え方が変わるだけにしか思えない。

その3.
善に励んだことによって何かが判るとするならば、自力の修善が役に立つことになり、浄土真宗の教えに合わない。

その4.
本当にそうであるならば、聖道門の如く修行をする必要があるのではないか。

その5.
そもそも、善に励まなくても判っていることではないのか。

その6.
救いに時間がかかる。

今では、この記事の内容の教義的誤りが判るのですが、少なくとも阿弥陀仏の本願の救いを知ったならば、疑問を持ってもおかしくない内容なのです。
救われたいと思っていれば出てくる疑問だと思うのですが、どうなんでしょうね。
そんなのカンケー無いのかな?(P)


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Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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