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言葉の違和感

親鸞学徒

実はこの呼び方が嫌いだった。何故か。

1.語感が嫌な感じ。
  会話上ではほとん”親鸞”を省略して”学徒”と呼ぶ。そうすると、どうしても戦時中の学徒動員を想像してしまう。


2.傲慢では?
 親鸞学徒と言う言葉は既成の教団でも昔から使われていたようで、目新しい言葉では無い。

親鸞学徒とは、親鸞聖人の教えを学び、伝えるものの事である。(HP参照)
と言いながら実際には会員=学徒と呼びなさいと言うことになっている。
入会すると「学徒になられた」という表現をするようになった。そういう言い方が推奨された。

集合で考えると、[親鸞学徒]⊃[親鸞会の会員]と考えるのが普通であるのに、
[学徒]=[会員]もしくは[学徒]⊆[会員]という事らしい。

自分たち会員だけが親鸞学徒であるかのように錯覚して、あるいは意識的に強調して使うようになった。
ネット上で検索すると、この言い方が花ざかりで、鼻につくことこの上ない。
読んでいて恥ずかしい。

自分たちは唯一正統な仏法者であるという自覚を持っているつもりで言っていても、内部でしか通用しない事を忘れてはならない。使っているうちに違和感が無くなることは恐ろしい。

親鸞学徒という言葉は本来、素晴らしい言葉のはず。
「本願寺が正しい親鸞聖人の教えを説くようになれば親鸞会は解散する」
昔聞いた宣言は嘘で無いと信じたい。
(P)


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非公開コメント

僕も全く同じことを思ってました。
「これからは会員のことを親鸞学徒と呼ぼう」となった時、
「会員以外は親鸞聖人のみ教えを仰ぐ者ではない、と言うのか!」
と思い反感を覚えて、わざと意識的に会員さんを学徒と呼ばないようにしてました。
たとえば龍大の学生さんなら親鸞学徒でいいでしょうが、
「学問なんて無理!」という方は阿弥陀様のお慈悲から外れた人間なのかと。
「法の道 知るも知らぬも渡すべし」が、阿弥陀様のみ心でしたね。

南無阿弥陀仏

Re: タイトルなし

るぅでる様
一時が万事と言いますか、ちょっとしたことにその団体の本質が出ていますね。
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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