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原始経典

お釈迦様が亡くなられてから、仏典結集が行われた。

その時の言葉がそのまま書かれたのが原始経典。

利他の精神に基づく大乗経典は、時間が経ってから編纂されたという。

じゃあ、お釈迦様の直接の言葉ではないかも知れない・・、そういう説もあるという。

たとえ浄土三部経がお釈迦様の教えでなかったとしても、

煩悩具足の自分には、助かる道はもともとない。

「必ず助ける」の阿弥陀仏におまかせするより既に選択肢はないのだ。

本当か?嘘か?という問題ではなくて、本願の仰せの一本道しかないのです。

助からない自分があって、「必ず助ける」の仰せがあって、

他には何も、何の道もないのです。

そう強く感じたご縁でした。   南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏   (m)
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No title

『教行信証』化土巻
ここをもつて経家によりて師釈を披きたるに、「説人の差別を弁ぜば、おほよそ諸経の起説、五種に過ぎず。一つには仏説、二つには聖弟子説、三つには天仙説、四つには鬼神説、五つには変化説なり」(玄義分)と。
しかれば四種の所説は信用にたらず。この三経はすなはち大聖(釈尊)の自説なり。

(現代語訳)
このようなわけで、釈尊のお説きになった教えにもとづき、祖師の解釈を見てみると、『観経疏』に、「教えを説く人の違いについていうと、すべての経典において教えを説きおこすものは、次の五種だけである。一つには仏、二つには仏弟子、三つには神々や仙人、四つには鬼神、五つには変化である」(玄義分)と述べられている。この五つのうち、信じるべきであるのは仏が説かれた教えであり、他の四種のものが説く教えではない。『無量寿経』も『観無量寿経』も『阿弥陀経』も、すべて釈尊が自ら説かれた教えである。

親鸞聖人の教えを信奉する者は、このように思うべきです。
大乗経典は、釈尊及び仏に等しいさとりを開かれた方によって説かれて伝えられたものです。何も心配はいりません。

No title

飛雲様
コメントありがとうございます。
色々立てこんでおり、返事が遅れ申し訳ありません。
「たとえお釈迦様の教えでなかったとしても・・」ということで
思ったままを文章にしましたが、親鸞聖人は浄土三部経はお釈迦様自ら説かれた教えだと書かれているのですね。
浄土真宗の門徒として、親鸞聖人に失礼だったのかな、と反省しばし。南無阿弥陀仏
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ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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