はしか

S会時代、赤ちゃんは3ヶ月から子供部屋に連れてきていいことになっていた。

まだ首も座っていない子供をクーハンに乗せ、片道7時間かけて山道を移動していた。

子供部屋では全国から連れてこられた乳児・幼児が、交代制で一日保育されていた。

体中に水ぼうそうの跡が生々しく出ている子(もうかさぶただから治っているとの親の話)

咳と鼻水が止まらない子(風邪だから大丈夫との親の話)など、必ずいた。

ちょっと熱が下がれば、聴聞に行きたい親は、無理して子供を連れてくる。

(伝染されないように)と、なるべく離れたところに場所をとるが、なにせ窓もない閉ざされた空間。

ある日顔中に発疹のある赤ちゃんが赤い顔で泣いていた。

熱を測ると38度3分。特撰部員のお子さんだった。

それから1週間頃、ちょうど1歳になったばかりの我が子が、はしかにかかった。

親鸞会内でたくさんの乳・幼児がはしかにかかり、1ヶ月ほど子供部屋はガラスキ。

地元では全くはやっていなかったから、子供部屋で伝染ったことは間違いない。

当時、聴聞したい一心で、病中や病後の子供を連れてくる親はたくさんいた。

一人罹患した子供がいれば全国に広がるのだ。

担当講師に言っても何もしてくれないので、当時の婦人部長に苦情の手紙を書いた。

しばらくして、子ども部屋では体温測定が始まり、37.5度以上だと入れなくなった。

そうは言っても、インフルエンザの子を連れた親が、聴聞会場後方で、

子どもを寝かせて聴聞していたのを知っている。

(保育料の節約やら、子供にも聞かせたいやら色々あったとは思うが・・)。

「40度の熱があっても聴聞に馳せ参じよ」と言われていた時代。  (m)




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No title

私は親鸞会の大きな行事の時、まだ産後2ヶ月過ぎたばかりでした、産後4ヶ月後から体調をみて聴聞に参詣しようと思っていました。しかし当時の婦人部のN講師から、母子共に2ヶ月過ぎれば参詣しても問題はないと言われ、事は後生の一大事と富山まで参詣しました。今おもえば、2日間4万円のお金がほしかっただけなんだと憤りを感じます。子供が風邪の時も勿論参詣しました。よく考えて行動すればよかったと、後悔しています。

No title

遠慶宿縁様
 コメントありがとうございます。
お金というより、参詣目標があったというのが一番の理由と思います。
私も子供にはずいぶん無理させました。
夜中に帰って朝から学校(こっちは仕事)。
1回の聴聞が足りなくて間に合わないということがあると言われ、恐怖感で求めていました。
狂った教えは人を不孝にしますね。
本当にお互い抜け出れられてよかったですね。
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ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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