有念無念のこと

先日、築地本願寺に紅楳先生の法話を聞きに行った。

内容は、親鸞聖人の「ご消息集(お手紙)第一章について」だった。

法話後の質疑応答の時に、あるお坊さんが、有念無念について質問した。

その前に親鸞聖人の二双四重判と真仮疑判について詳しく話しされていた事や、

信心の話に焦点をしぼって話をされている(印象ですが・・)こともあり、

「あんた、全然わかっとりませんな。まず信心を獲ることや。」との返事。

「寺ではよく念仏念仏というけれど、信の上の念仏だから、信があっての

念仏なんだ。信心を獲ることが何より大事だ」と特に厳しく言われていたように

感じた。お坊さん方が気を悪くされないかと、内心ドキドキした。

何の教学もないから言葉だけの自分の味わいだけど、

「あるかと問われれば何もないけれど、何も無いかと問われれば、

南無阿弥陀仏があります。私を必ず救うとの、阿弥陀様の仰せが満ちみちています」

となる。

そういうことを親鸞聖人は「有念でもなく無念でもないといわれたのだろうか・・?」

その場では何となく遠慮して質問できない私でした。

質疑応答では、素朴な疑問から教学的な質問まで幅広く出ていた。

そして、その後場所を変えて 質疑応答が3時間以上あったと聞いた。

信心の沙汰のご縁はありがたいものだな・・。

そういう熱意あふれる先生がおられて、ご法縁があって、聴聞させて頂ける。

南無阿弥陀仏のお働きがありがたい。  南無阿弥陀仏  (m)



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