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聞とは・・・

『井戸のぞく 子を呼ぶ親は 命がけ』


幼子が井戸をのぞくのをやめるのは、

井戸の深さがわかったからではありません。

落ちると危ないという、我が身の状態を正しく理解したからでもありません。

よちよち歩きの子供には今の自分を理解する知恵はありません。

呼ぶ親の必死な大声に、(何ごとかしら・・?)と、後ろを振り向くのです。

阿弥陀仏の仰せが救いのすべてなのです。

阿弥陀仏が「危ない」と見て取られ、阿弥陀仏が「助けたい」と願われて、

その願い通りに阿弥陀仏が救ってくださるのです。

自分が罪悪を感じるとか感じないとか、後生が気になるとか気にならないとか、

助かりたいと思うとか思わないとか、救いとは関係ないです。

もとより、後生を苦にする心も、助かりたいという菩提心も持ち合わせない、

助からないものだからこそ、本願は建てられたのです。

そういう者のための、阿弥陀仏の御苦労なのです。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。   (m)


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No title

助ける阿弥陀仏 助かる私 早い人もあり 遅い人もあるけれど、
偉いわけでも 賢いわけでもない。御同行 御同朋。
勘違いしてはいけません。勘違いできるわが身ではありません。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。



 

No title

おすぎさま
 コメントありがとうございます。
本当にそうですね。ひとえに阿弥陀仏のおかげ。
勘違いできるわが身ではないと知らされているはずなのに、高森会長が自分のことを「善知識」と呼ばせて、書かせて、平気なのはなぜなのだろうかと思います。
「先生」と呼ばれ続けているとそうなってしまうのでしょうか?真実信心を獲ても、煩悩具足だから煩悩に飲み込まれてしまうのでしょうか。
正してくれる法友はいなかったのでしょうか。
御同行の存在は、煩悩具足の我が身を知るにつけてもありがたいものですね。
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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