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犠牲と反省と・・

上の子がまだ4歳で、下の子は1歳半だった頃・・

当時は全国あちこちで週末ごとに高森会長のご法話があり、

「信心決定は宿善任せ。宿善を厚くするには 一に聴聞」と聞かされ

信心決定したい一心で、大きな赤ちゃんの荷物と聴聞グッズを抱え、下の子を

抱っこし、上の子は歩かせて、あちこち聞きに出かけていた。

会場と駐車場が離れていたある場所での聴聞が終わり、主人が「車を出して

来るから」といなくなり、会場の玄関前で30分待っても来ない。

ずっと赤ちゃんと荷物を抱いていて疲れていたこともあり、上の子を歩かせ

駐車場へ向かった。徒歩15分。

着いたが車がない・・!入れ違いと思い、また会場へ戻った。会場の中も探すが

いない。20分経過。おかしい、もう一度見に行こうと再度駐車場へ向かった。

向かう途中、駐車場の手前で上の子が歩道で転んで泣きだした。

暑い中大きな荷物と赤ちゃんを抱え、自分も疲れていた私は、なぐさめもせず

「何でこんな平らなところで転ぶの!早く立って!」と泣いている息子に怒鳴っていた。

ひざをかかえて痛がる息子に「早く立って!」とどなる母親は鬼だった。

結局、駐車場から再度戻って主人とは会えたが、1時間以上かかった。

そこからまた7時間かけての帰宅だったのだ。

明日はまた仕事がある、子供は保育園がある、一刻も早く帰宅したい。

信心決定のためにいかねばならない会長の法座と、生きるための仕事と、

日常生活のやりくりで、くたくただったあの頃。

子供が熱を出しても(熱があるから、聴聞に行けなくなった。=信心決定が

遅れる。)と思い、(こんなに気をつけているのに、なんで熱出すの!)と

すごくいらついていた。世話をしながら(子供のせいで聴聞に行けない。)と

思っていた。

こんな自分のことしか考えていない親だったのに、よくぐれもせず育ってくれた

と思う。ときどき思い出しては、悪かった、悪かった、自分は鬼だったと思う。

かわいい子供の心を傷つけていたと思う。

転んだあの時、片手でもいいから抱き起こして「大丈夫?」といって撫でて

あげればよかった、もっとゆっくり歩いてあげればよかった、ごめんね、と思う。

明日があるから、一刻も早く帰って色々しないといけないと、頭が一杯だった。

間違った教えは、煩悩具足の人間を追い込んで、心と体のゆとりを奪い、人間性を

なくさせてしまうと思う。

やめれてよかった。子供へのおわびを込めて・・南無阿弥陀仏。  (m)
   

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あんなこと、こんなこと、思い出しますね。

maryさんしばらくです。お子さんと、お母さんの姿が目に浮かびます。大変でしたよね。でも今となってみれば、本当に懺悔と感謝ですよね。私もいろいろありました。今もあります。親縁、近縁、増上縁、いよよ恋しき南無阿弥陀仏。

何かのせいですかね。

失礼します。はじめまして。

それは大変でしたね。

往生は一人一人のしのぎであります。

煩悩具足の人間が、追い込まれるのは、真実の教えからのみです。

貴方の仰っていられることは、逆の意味になってしまいます。

大変だったとおもいますが、それは、親鸞会のせいではありません。

そんなはずはない!とお怒りでしょうか。

貴方なら本当はお分かりでしょう。

しかし、それがわたしたち、煩悩具足の姿なのであります。

南無阿弥陀仏

No title

仏法を行ずるには、家をもすて欲をもすてて修行すべきに、 世をもそむかず名利にもまつはれながら、めでたき無上の仏法をききて、なが く輪廻の故郷をはなれんことは、ひとへにはからざるさいはひなり。(持名鈔)


聖道門では家族を犠牲にし、欲を抑えて修行しなければなりませんが、浄土門では世の倣いに従って名誉も利益も追い求めながら阿弥陀仏の本願を聞いて出離させて頂くのです。家族を犠牲にするのでもないのですから、親鸞会の完全に間違った教えのせいで、子供さんも大変な目にあったのは間違いないです。

邪義から離れることができたのは、まさに宿善があったからです。
いまだ邪義を真実と錯覚して、邪義を拡散して謗法罪を造り続ける無宿善の人を哀れに思います。

No title

沙汰だいすきさん、に同感です。私も同じような状況でした。真実をもとめ、子供のことを考え一生懸命になればなるほどしらされますね。。

No title

カルトの定義

1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。

2.組織を通して与えられた情報や考え方に対しては、疑ってはならない

3.自分の頭で考えることをしないように指導する

4.世界を組織と外部とに二分する世界観を持つ

5.白黒を常にはっきりさせる傾向が強い

6.外部情報に対して強い警戒感を与え、信者の情報経路に様々な制限を加える

7.信者に対して偏った情報、偽りの情報を提供することがしばしばある

8.組織から離脱した人間からの情報に接することを禁じる

9.家庭や社会との関わりで多くのトラブルを生じている

10.社会からの迫害意識を持ち、それをかえってバネにする

11.外部に対して正体を隠す傾向がある

12.生活が細部にわたって規定される

13.組織が信者の生活のすべてになっている

14.共同体内部でのみ通用する言葉を多く持っている

15.組織からの離脱について極度の恐怖心を与える



すべてが親鸞会に当てはまります。真宗は反対です。
カルトをカルトと自覚できず、真実の為にはどんなことをしても許されると言います。

カルトの呪縛から逃れられない親鸞会会員は本当に哀れです。

No title

落ち葉様
 お久しぶりです。ほんとうに色々ありました。25年いましたから・・。
小さい頃のおわびも込めて、もう大きくなった子供の世話をしつつ念仏を称えています。念仏に心なぐさめられます。


沙汰好き様、 marumaru様
 煩悩具足の凡夫は煩悩を掻き立てられて追い込まれます。信心決定という人参をぶら下げられて追いかけて走っていたのです。
宿善を厚くしないと助からないぞ!必堕無間地獄だぞ!と恐怖を煽られて、いつも焦っていました。
けれど、真実の教え(南無阿弥陀仏)は人を追い込むものではありません。向こうからこちらに来てくださるものです。
人間追い込まれると、我利我利の本性がでますから当然浅ましさも知らされますが、それと救いは関係なかったです。
煩悩具足だからこそ、そういう悪縁を減らして心身ともに穏やかに過ごせることが大切だと思います。

「間違った教えのせいです」様
 南無阿弥陀仏は慈悲のかたまり、人を追い込んだりしませんよね。
可愛い子には旅させよとは言われますが、向上する見込みのあればこそ。
向上する見込みもない、波が高いか低いかの違いだけで、煩悩の海の塊の私を、阿弥陀様は追い込んだりされません。そのまま救ってくださいます。その為に、兆載永劫の修行をして下さったのですから。
間違った教えを信じると、煩悩を掻き立てられ心身をすり減らして、今生から苦しみの海に沈みます。
抜け出せてよかったです。

No title

沙汰大好きさんとmarumaruさんのコメントの意味がよくわかりません。
煩悩具足の人間が追い込まれるのは、自分の欲を満たすためではないでしょうか。こんなことが知りたいの2(56)に、わが身の一大事と自分の命の子供をはかりにかけて子供を捨てる話がでています。大切な我が子の仏縁を思う心も本当ですが、後生を何とか解決したいと真剣になればなるほど、自分の命より大切と思っていた我が子さえ、わが身の後生の解決の妨げになると腹をたて牙をむけるあさましい者が私ではないでしょうか。自分にも釈尊が愛児を(本当の幸せになるための道を)邪魔するもの(ラゴーラ)と名付けたと同じ心があると気がついたときは愕然としました。それでも、後生の解決のためとの名目でなら、いつか周りを犠牲にすることも平気になり、古くからの友人の縁を切ることも、恩を受けた親と疎遠になることにも平気になるとすれば、それは恐ろしいことです。

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No title

「大変だったとおもいますが、それは、親鸞会のせいではありません。」と言い切るあなたは、いったい誰ですか。間違った教えを信じて苦しめられたことの責任は、間違った教えを説いた人物にはないのですか。その人物に騙されたという後悔や苦しみは自分が引き受けなければなりませんが、間違った教えを信じ込ませた人物にはその間違いを知って貰い、心から懺悔することを求めるのは当然の心情ではないですか。

絶対他力

失礼致します。

こちらの書き込みで、
高森先生や、親鸞会の誹謗・中傷をしておる方は、

私がこんな目にあったのは、高森先生や、親鸞会のせいだと、怨み、呪っているのでしょう。

しかし、それは間違った考えです。

因果の道理は、自分の都合に合わせて解釈してしまうのが、凡夫であります。

あいつのせい、会社のせい、社長のせい、としか思えない、愚かで哀れな、凡夫なのです。


追い込まれるから救われる、追い込まれなくても救われる…、など、どうなったら救われるかなど、私たちが分かることではありません。


「絶対他力」の救いであります。


「絶対他力」の救いに、あいつのせい、こいつのせいも、あったものではありません。


また同時に、そのように思えてならない事を、正しいとする、われら煩悩具足の凡夫の姿が、そこにあるわけです。

No title

間違った教えに騙された、と言っているのですが分かりませんかね。

詐欺師に騙されたのも、詐欺師が悪いのではない、とか言うのでしょうか。

麻原死刑囚に騙されて命を失った信者も、その信者が悪いと言うのですか。

因果の道理とか分かったようなことを言っていますが、その因果の道理も高森会長は間違って教えているのですけど。

高森会長の用語をするなら、せめて、高森会長の教えていることが正しいということを証明すべきでしょう。
これだけ、間違った教えと非難されながら、全く反論できないのですからね。

バラモン教の因果の道理

親鸞会高森顕徹会長の説いている因果の道理は、バラモン教の因果の道理ですよ。

お釈迦様は、そのバラモン教の因果の道理を否定されています。

仏教の因果の道理を知らない親鸞会会員にはわからないでしょう。

では、親鸞会の因果の道理でmaryさんの例を説明してみます。

maryさんは、高森会長の法話に行ったことで、自分自身も子供も苦しく嫌な思いをしました。
苦しみ嫌な思いは悪果ですね。そうなるとその原因である高森会長の法話に行ったことが、悪因。

つまり、高森会長の法話に行くことは悪であるということです。

親鸞会の因果の道理ではこうなりますね。
違うとか言うのであれば、

邪教を信じて苦しんでいる人は、邪教を信じると言う悪因によって、悪果が返ってきたというのも違うということです。

親鸞会は自己矛盾に満ちています。

なお、仏教の因果の道理ではこのような説明はしません。
バラモン教の因果の道理を仏教の因果の道理と信じ切っている親鸞会会員及び高森会長には、わからないことです。

No title

「絶対他力の救いに、あいつのせい、こいつのせいも、あったものではありません。」とのことですが、他力の信を得れば怒りの心は無くなるとでもいうのでしょうか。もし、そのように思われるとしたら、それこそ自分の頭で考えている空想の産物です。凡夫は死ぬまで煩悩具足です。特に、誤った教義を教えられて苦しめばなおさらです。あなたは苦しんだことがないので分からないのでしょう。

No title

bean様
 同感です。

たかぼー様 、「間違った教えのせいです」様
 コメントありがとうございます。「悪知識にしたがえば地獄に堕ちるなり」と言われる通り、善知識から聞くことが大切ですね・・。
間違った教えを説いている悪知識に罪はないのか?と問いたいです。

沙汰好き様
  こちらが書いていないことを、まるで書いてあるかのように書いた上、それを間違いだと断言しているのはどうなっているのでしょうか?

(1)>私がこんな目にあったのは、高森先生や、親鸞会のせいだと、怨み、呪っているのでしょう。
しかし、それは間違った考えです。

勝手に恨み呪っていると想像して、それを間違った考えと断言していますが、そんな事は一言も書いていません。

自分の信心決定したいという欲のために子供を「犠牲」にして悪かったなと「反省]しているのです。タイトルに書いた通りです。
ただ、間違った教えを信じたことから始まっているので、悪縁を離れられてよかったと書いています。
自分は親鸞会を離れて救われたのでよかったのですが、宿善を厚くしようと、人生を親鸞会の活動に費やし、多額のお金を寄付して亡くなっていかれた古老の会員さんを思い出すと胸が苦しくなって怒りがおきてきます。。善知識に従うか悪知識に従うかで180度方向が変わってしまうのですから・・。

(2)>追い込まれるから救われる、追い込まれなくても救われる…、など、どうなったら救われるかなど、私たちが分かることではありません。

私は「人間追い込まれると、我利我利の本性がでますから当然浅ましさも知らされますが、それと救いは関係なかった」と書いています。
「追い込まれること」と「救い」とは無関係と書いているのです。
よって「追い込まれたから救われた」とか「追い込まれなくても救われた」 とかいう事自体無意味なので書いていませんし、問題にもしていません。

(3)>「絶対他力」の救いに、あいつのせい、こいつのせいも、あったものではありません。

文章が意味不明です。たかぼー様の書かれている通り、救いの前後で煩悩は変わりませんし、「あいつのせい、こいつのせい」という愚痴いっぱいのものにかけられた絶対他力の救いです。
煩悩具足の我が身を知らされるにつけ南無阿弥陀仏のお慈悲が味わわれて、ありがたいところです。

良縁を選びましょう。

失礼致します。

そのように思われるのなら、なぜこのようなブログを開設したのでしょう。

怨み、呪ってはいないと言いながら、
古老の会員のことを思えば、怒りを覚えるのですか。矛盾していますね。

また古老の会員の方が、あたかも信心決定できずに、お亡くなりになったかのようにお書きですが、それは他人から分かることではありません。

私は、浄土真宗親鸞会で、顕真や体験発表で信仰告白された方と、縁あって親しく交流させて頂いています。

親鸞学徒と言っても、その方の業によって、当然色々な人がおられます。
幸いにも、良縁に恵まれました私にとりましては、貴方がたの、高森先生を邪義・悪縁呼ばわりする姿は、誠に、哀れで、愚か、というよりほかごさいません。

太陽を指差して
「あれは月だ」
と、言っているのですから、呆れ果てるよりほかありません。

こちらに来られる学徒の方々も、一口に学徒と言っても、聞き誤っておられる方など、色々おられますので、

支部や、会内では、信後の人に親しく接近するなど、良縁を求めましょう。

さて、話は戻りますが、皆自分が大好きですから、我が身の事となればなおさらです。

恨んでないと主張されるなら、このブログは閉じるべきです。

皆さんご存じ信楽房は、長らく親鸞聖人のお側で、聴聞してきた弟子ですが、縁尽き、親鸞聖人のもとを離れていきました。
その後、善鸞と吊るんでいます。まさに類は類を呼ぶ。

それでは、信楽房や善鸞らは救われなかったか?
それは分かることではありません。

しかし、仮に信を取っても、自身の性格、人間性の問題や、教義への不満で、去って行く者もいるのです。

それは、その人の人生。
親鸞聖人からお聴きするのか。

信楽房に追随するのか。

私たち、親鸞学徒は、徹して悪縁を遠ざけなければなりません。

皆さん、どうか迷う事なく、今生、露の命、高森先生からお聴きくださいね。

「悪をこのまん者には慎みて遠ざかれ。近付くべからず。
善知識・同行には親しみ近付け。」

     南無阿弥陀仏

悪縁には遠ざかるべきです

浄土真宗において、善知識とは親鸞聖人の教えられた通りに法を説かれる方です。
悪知識とは、親鸞聖人の教えられたことと異なったことを教える人です。
善知識は良縁、悪知識は悪縁です。

では、高森顕徹会長は善知識か悪知識か、良縁か悪縁か、

沙汰好きさんはどのように判定しているのですか?
親鸞会会員で信仰体験を発表した人の判定は?

これはお聖教によって判定するより他に方法はありません。

お聖教によれば、高森顕徹会長は悪知識としか結論は導き出せません。なぜなら、お聖教と真逆のことを教えているのが、高森顕徹会長であるからです。

現在、親鸞会と退会者との間で、間接的な法論がなされています。直接ではないのは、高森顕徹会長をはじめ、親鸞会側の誰もが直接法論を受けずに、退会者からの教義上の非難に、内輪だけで答えたように装っているからです。
具体的には、

1.獲信していない人の死後はどうなるか
 親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
 高森会長 必堕無間

2.五逆罪・謗法罪について
 親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
 高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている

3.善人と悪人について
 親鸞聖人 善人と悪人とがいる
 高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である

4.獲信のために善は必要か
 親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
 高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない

5.白道とは
 親鸞聖人 自力の心にあらず
 高森会長 自力

6.定散二善について
 親鸞聖人 定散二善を捨てよ
 高森会長 定散二善をせよ

7.19願について
 親鸞聖人 19願を捨てよ
 高森会長 19願を実践せよ

8.宿善について
 親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
 高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない

9.機の深信について
 親鸞聖人 自力では出離できない
 高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる

10.善知識に無条件服従しなければならないか
 親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
 高森会長 善知識に無条件服従せよ


これほど明確な違いがあります。真逆です。
そして間接的にしか親鸞会は答えていない証拠は、『顕真』に毎月掲載されている「ひと口問答」です。
完全に対応しています。
さて、沙汰好きさんは、「ひと口問答」を読んで、まともなことが書いてあると本気で思っているのでしょうか?
第三者が見れば親鸞会は完全におかしいです。

なお、過去に親鸞会と退会者とで盛んに法論がなされました。
その結果はすべて親鸞会の大惨敗でした。当然親鸞会は発表していません。たとえば、mixiでの法論は、高森会長がこうへい氏(H田講師)を操ってのもので、惨敗逃亡の上、トピックごと削除して、法論をなきものとしているのは、当時のやりとりを読んでいた人なら隠しようのない事実でした。

[mixi]三願転入トピック(三願転入) http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=51573620
sutybi氏 VS こうへい氏 > こうへい氏がsutybi氏を強制退会させ、後に議論を放棄、更にはトピックごと削除

これ以外にも山ほど親鸞会の惨敗記録は残っています。
かつて本願寺を法論で負かせたことで、高森会長が善知識だと崇めてきた古参の会員は、その実態を知って退会しました。

高森会長は親鸞聖人の教えと真逆のことを説いている人物と断言できるからです。

さて、これでも高森会長は善知識といえるでしょうか?
もしそうだ、と言い張るのであれば。オウム真理教の麻原死刑囚を善知識と妄信した信者と全く同じです。

退会者は妄信から解き放たれて、妄信信者に警告を発しているのです。
「悪縁から遠ざかれ」と。

No title

沙汰好きさんは、会長の説く教えのどこが正しいと思っているのですか。

No title

沙汰好き様
 私は今は幸せなので、苦労は色々ありますが、恨んだり呪ったりはしていないです。
ただ、悪知識にしたがっていては救われないから、「悪縁ですよ」と伝えたいのです。
 今までずっと「間違って説いたら腹を切る」とまで言ってきたのです。
間違って教えていたと気付いたならば、少しずつ教えを変更してごまかすのではなく、 法を説く者として、今までどこが間違っていて、どこを修正しようとしているのかをしっかり伝える責任があるのではないでしょうか?
 未来永劫にかけての大問題、その教えに命をかけよと教えられてきたのです。逆方向を教えられていたとわかったら怒りの心が起きますよね。「なぜ間違いを教えるのか」と。
誠実な対応が必要と思います。
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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