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クリスマス

クリスマスシーズンのせいか、あちこちでクリスマスソングが

かかっている。

ラジオをかけていたら懐かしい賛美歌のメロディーが流れてきた。

高校生の頃、親に連れられ出かけていた教会で賛美歌を歌っていた。

楽しい高校生活の一方で、儚い幸せばかりだと薄々感じていて、

神を信じたくて、信じられなくて、苦しかった頃の気持ちを思い出した。

南無阿弥陀仏は、ただ一方的にこのままの私を「救う」との仰せで、

何も要求されない。

受け取るだけの果てしなく広がる慈悲に包まれて、私の心は安らいでいる。

親鸞会では平成の初めのころまでは三重廃立をいつも言っていた。

「外道を捨てよ、仏教を信じよ」「聖道門を捨てよ、浄土門に入れ」

「浄土他流を捨てよ、真宗に入れ」

それを実行するために、葛藤をへて、その後はあちこちで軋轢やら衝突があり、

いつも戦っている感じだった。

三重廃立自体は、言い方としては間違いではなかったと思う。

それでも、今思うに「南無阿弥陀仏は、すべての人を包み込んで漏らさず

救って下さる広い広い教え」と言われる方がしっくりくる。

他の宗教では漏れる人があるということなのだ。 南無阿弥陀仏 (m


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No title

ちょっと余分なことを申しますが、
もっとも大事な自他力廃立をお忘れですがよろしいですか。

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No title

とくよしみね様
 コメントありがとうございます。
浄土他流を捨てて真宗に入れ、というのは、教義上からも言えるし、自他力廃立のことと味わうことも出来ると思います。
”自分が信じた”のではない"、南無阿弥陀仏が届いてくださっているのがありがたいです。

No title

三重廃立と自他力廃立は別物だと思いますが・・・・。
味わいならやむを得ませんが、廃立肝要の廃立は自他力廃立と思いますけど・・・・。

No title

訂正
廃立肝要=自他力廃立ではありませんので失礼しました。

私の言いたいことは廃立は大事だけど、
親鸞会的三重廃立はちょっといかがなものかと思っております。
以前親鸞会では、「三重廃立は信一念でたつ」というような事が
言われていましたので。
ということで、今の私としては三重廃立の後に、
自他力廃立を言われた方がしっくりくるのではないかと思っています。
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

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