スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

mixiでの議論2

mixiでの議論2

最近の議論について内容以外で感じたことを書いてみます。
議論を見ている人はお気づきと思いますが、以前の親鸞会で言うところの法論とやり口が同じです。
途中からその傾向が顕著です。

文体までそっくりです。
  (例)何々でありましょう。何々するほど時間の無駄。何々のオンパレード
     体言止めを多用する。

以下に特徴をまとめてみました。

相手の質問にはまともに答えない。質問で返す。
自分の主張は小出しにする。
相手の主張に納得出来る部分があっても認めず、全てを否定する。
挑発と揚げ足取りに終止する。
同じことを聞き続けて、如何にも相手が答えていないかのように印象付ける。
相手の主張を否定しながら、何故かという理由を言わない。

古い会員はご存知と思いますが、討論会というものが奨励され、その時に上記のやり方が良いとされていました。
事実、「なぜ答えぬ」、「法戦」シリーズ、最近ではT企画の法論でも同じです。

彼らはこのやり方が一番良いやり方だと思っているのです。
50年近く全く進歩していないのです。
「T会長先生の法論のやり方が絶対だ」という考えに支配され、そのやり方を強制されるのだと思います。
このやり方ひとつを取ってみても、会長絶対主義に支配されていることが分かります。
それがもはや時代遅れであろうと、内心これでいいのかと本人が思おうと関係ないのでしょうね。

現在の弘宣部の責任者が、私の学生時代に夏合宿の講師をしたことがあります。
その時黒板に書いてまで強調していた言葉を忘れることが出来ません。

「一向専念善知識」

その人が指導している議論とすれば、まともであるはずが無いですね。
(P)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

典型的なワラ人形論法(ストローマン論法)も特徴ですね。
こんなやり方を推奨していたという事は、要するに詭弁を推奨していたことに他なりませんね。
これで議論には表面上勝っても(勝ったように見せ掛けても)ギャラリーは納得しないでしょうね。

今時、ネットを長くやってる方は、いろんな議論を見聞きしたり、自分でも議論をやってますから(以前は書簡のやりとり、せいぜいがメールのやりとりしかありませんでしたが、今はblogや掲示板の発達で、容易に文章形式による議論や問答ができるようになりました故)、いい加減な主張はあっさり見抜かれたり周囲からも批判されますよね。
みんな目が肥えているこのご時世に、詭弁のメッキは容易に剥がされると思います。

そもそも本当に自分達の主張が正しいなら、姑息な手段を使わずとも、裏づけとなる論拠を挙げて正しい「教え」を明らかにできるはずです。

善知識無謬説に立って、ただただ自分達が信奉する善知識様とその教えを擁護するだけの団体に成り果ててますね。

Re: タイトルなし

全くそのとおりですね。
本人も不本意ではないかと思います。
プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
FC2カウンター
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。