スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なんか変

何度聞いても今ひとつ分からなかったこと。

親鸞会時代に何回聞いても、もう一つ分からなかった事が有りました。
皆さんはどうでしょうか。

(1)因果の道理
交通事故の例は何度聞いたか分からないが、事故に遭う人とそうでない人の違いが
結局分からない。
因と縁の違いについて、喩えでは聞いていても明確な違いがよく分からない。   

(2)廃立
廃立の教えとは、聖道仏教は捨てなさいということと教えられる。
親鸞会でやろうとしている善と、自力聖道門の仏教でいう善がどこが違うのかよく分からない。
「阿弥陀仏に向かって」と言われても、どんな心か分からない。

(3)修善の位置付け
「往生の資助になる」と、「獲信の因縁になる」の違いが分からない。
   
(4)善とは何か
観経で善を勧められているではないかと言われるが、定善を何故勧めないのか。
散善についての説明も具体的な説明を聞いたことがない。
それ程大切な事ならば詳しく聞きたい。

(5)三願転入
自分は19願にいるのだろうか、それ以前の問題なのか。
三願転入しなければ救われないというのなら、これは重大な関心事ではないのか。
これで、いつ18願に辿りつけるのだろうか。

(6)本願力
全ては本願力の働きと言いながら、
「善をしなければ信仰は進みませんよ」と言われる。この関係はどうなっているのか。
本願力によって、善をせずにおれない気持ちにさせられるということだろうか。
   

これらの疑問について、会長は説法で答えてくれるはずだと思って聞きに行っていました。
しかし、答えは得られませんでした。当時は、もっと真剣に聴かなければと思っていたと思います。

結局この事について明確に聞いたことは一度も有りませんでした。
そのことから言えるのは、会長自身が答えを持っていないということです。

分からなかったのは聞き方が悪いのでは無く、”教え”がおかしかったのです。
なんか変はやっぱり変だったのです。

例えば(3)ですが、「往生の資助になる」と「獲信の因縁になる」は同じことですよね。


最近の座談会での内容を聞くことがあります。
会長が今までに無い変わったことを言って、会員が感動したということを聞きます。

無上甚深の功徳利益の「取引」
「すなわちが一念と知ることが重要」(歎異抄第1章)
「大宇宙の真理は因果の道理では無く、弥陀の本願だ」

何か変わったことを聞いて”感動したい”その期待がそんな話をさせているように思うのです。
そんな話で気を引こうとするようになってしまったのです。
会長に何かを期待するのはもう無理です。
はやく会長依存から脱却しましょう。依存体質から脱却出来ない会には見切りを付けましょう。

そして、阿弥陀仏に帰命しましょう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。(P)


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ぶりぱぱ&まま

Author:ぶりぱぱ&まま
平成21年に親鸞会を退会しました。
会員歴は長い方と思います。
連絡先:burimama18(Gメール)

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
FC2カウンター
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。